モナリザとバースディ

 十一月某日。
 さすがの俺でも上着なしでは寒くなってきた、とある休日。
 俺は珍しく棚町家を訪れようとしていた。

 梨佐の家は俺の家から歩いて十分くらいのところにある。学校のある日は送り迎えをしているから、家の前まではほとんど毎日行く。だけど、家の中にまで上がり込むのはそれほど多くない。特に、最近は休みのたびに梨佐が俺の家に来るから、足が遠のいていた。
 約束は午後三時。午前中、用事があったから、駅前で時間をつぶしてちょうどに着くように歩いて向かった。
 閑静な住宅街の一画にあるごく普通の一戸建て。いくつも置かれたプランターの緑が綺麗で、小洒落た雰囲気のその家の門前で立ち止り、深呼吸をする。
 腕時計を見ると、ちょうどぴったり、約束の三時だった。

 インターフォンを押すと、待ちかまえていたように扉が開いた。
「礼ちゃん待ってたよーっ!」
「うぉっ」
 案の定、中から飛びだしてきた梨佐が、俺の首に抱きつく。今日も梨佐は手加減を知らず、うまい具合にワザが決まって苦しい。俺がどうにかその腕をはがそうと悪戦苦闘していると、梨佐は人の気も知らず能天気にのたまった。
「梨佐は今日からじゅうろくさいだから、いつでも礼ちゃんのおよめさんになれるからね!」
「アホか俺もまだ十六だッ!」
 ようやくはがした腕をとり、間髪いれずにツッコむ。梨佐は唇をとがらせた。

 梨佐の誕生日。
 子どもの頃からこの日は毎年、棚町家に呼ばれる。
 初っ端から脱力しつつ、ふくれっ面の梨佐をひきずるようにして、俺は勝手知ったる他人の家に上がり込んだ。いくら周りが静かな住宅街だからって、いつまでも外でこんなアホなやりとりはしていたくない。
「むぅうぅ、なんで男の子はじゅーはっさいにならないと、けっこんできないのかなぁ?」
「知らん」
 梨佐はまだぶつぶつと法律に文句を言っている。
 ……というか、俺が結婚できる年だったら、こいつは結婚したいのだろうか。さすがに俺はまだ嫌だ。十八まで結婚できなくて良かった。
「あら、礼ちゃんいらっしゃい」
 俺が民法に感謝していると、キッチンの扉が開いて中からリカさん――梨佐の母親(おばさんと呼ぶと怒られる)が顔をのぞかせた。梨佐とそっくりな、だけど梨佐よりも小柄で、ずっと知的な雰囲気の美人だ。梨佐と姉妹と言っても通じそうなくらい若々しく、とてもこんな大きな子どもがいるようには見えない。
 俺は頭を下げた。
「お邪魔します」
「いぃえー、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
 リカさんは梨佐経由で俺の話を聞いているせいか、昔からやたらと俺に友好的だ。学校ではずっと保護者をやってるから、信頼はされているらしい。それにしたって、普通は自分の娘が俺みたいなのと付き合ってたら、多かれ少なかれ否定的なことも言いたくなると思うのだが、俺と梨佐が付き合いだしたことを知っても、一向に動じる気配がない。それどころか、面白がられているような気がする。
 今日もリカさんはにっこりと微笑むと、俺の陰にいた梨佐にこう声をかけた。
「ふふ、まだ時間がかかるから、梨佐の部屋でいちゃいちゃしてていいわよ」
「うん!」
「……」
 この親にしてこの子あり。雰囲気は知的だが、リカさんの思考回路は梨佐と似ている。恥という概念が抜け落ちているところなんかは特に。なぜ恋人(仮)の家族公認でいちゃいちゃしないとならんのだ!
 が、しかし。さすがに梨佐にツッコむようにはリカさんには言えない。子どもの頃だったこともあって、おばさんと呼んでにらまれた時の恐怖はなかなか消えないものだ。
 俺が黙りこんでいると、梨佐はるんるんと弾んだ様子で俺の腕をひっぱってゆく。リカさんは楽しそうに笑ってドナドナよろしく強制連行されてゆく俺に手を振ると、キッチンへと戻って行った。
 ……頼みますから娘さんを止めてください、止めなくても助長しないでくださいお母さん!

 二階にある梨佐の部屋は、アイボリーとピンクを基調とした、いかにも女子らしい部屋だ。天蓋付き(!)のベッドにはいくつもぬいぐるみが転がっている。
 扉をあけるとその中に、見慣れぬ特大のクマが一体、鎮座していた。
 梨佐はとてとてとそのクマのもとへと走ってゆく。
「あのねあのね、クマさんありがとう!!」
 俺からの誕生日プレゼントである。あまりにもでかいので宅配してもらったのだが(これを抱えてここまで持ってくる勇気はさすがになかった)、もう届いていたのか。
 買った時のストレスを思い出してキリキリする胃をおさえていると、梨佐はベッドの端に腰かけて、でれでれとした顔でそのクマを抱きしめた。
「……気に入ったか?」
「うん!」
 俺が床に座ると、梨佐は本当に気に入ったらしく、クマを抱いたまま俺の隣に来た。クマの頭に顔をうずめるようにして、へらへらと浮かれた様子で笑っている。
 まぁ、ここまで喜ばれれば、あのくらいのストレスはどうということもない。バイト代をつぎ込んだ甲斐があった。
 こういう素直なところは、梨佐の数少ない美点のひとつだと思う。

 小さな頭を撫でると、クマに夢中になっていた梨佐はご機嫌な様子で俺の肩に頭を乗せた。その重みが心地よい。
 梨佐は俺の腕をとって、クマごと抱きしめる。クマのふさふさした毛は肌触りが良くて、しばらくそのままぼんやりしていると、梨佐がぽつりと言った。
「礼ちゃん、あのね」
「あ?」
「ありがとー」
「……何が」
 クマの礼ならさっき言われた。分からなくて聞くと、梨佐はもう片方の手を振り上げて力強く言い放つ。
「んー、よくわかんないけど、ゼンブ!」
「何だそりゃ」
 いつもどおり訳が分からん。思わず苦笑すると、梨佐は俺をじっと見つめて言った。
「だって梨佐、礼ちゃんがいてくれてすっごく嬉しいんだもん」
「……」
 いつもの子どもっぽい顔ではない。年相応の、穏やかで優しい、綺麗な顔で梨佐が微笑む。思わず見とれていると、梨佐はまたへにゃっとその表情を崩した。
「だからねー、ありがとー」
「……どういたしまして?」
 どきどきする心臓を押さえて、とりあえずそう答えると、梨佐はへらへらと笑った。
「えへへへへ」
 ぎゅっと俺の腕を抱きしめる。その顔は、もういつもの梨佐だ。
 こんな顔をするなんて、こいつも少しずつ大人になってるんだなぁなんて、親戚のおっさんのようなことを考えながら、俺はその顔を眺める。するとその視線に気づいたみたいに、梨佐が俺に目を向けた。
 見つめあう。

 なんとなく、いい雰囲気だった。その空気にのまれて、梨佐が目を閉じる。
 ……えーと、これはあれですか。俺にしろと。
 いつもならチョップでもかまして逃げる。けど、その時は俺も空気にのまれていた。
 俺は梨佐の肩に手を置き、目を閉じる。額と額が合わさって、すぐ近くに梨佐の息づかいを感じた。
 その時だった。

 コンコンというノックの音に反応して俺が梨佐から離れるよりも早く、返答を待たずにドアが開いた。
「りぃ、ジュース持って来……」
 入って来た人影が、俺たちに気づいて固まる。俺と梨佐も顔だけドアに向けて固まった。
 柔らかそうな栗色の髪に、細身の長身。くりっとした大きな目は梨佐と似ている。
 どのくらいそうして彼と見つめあっていたのだろう。やがて、固まっていた彼は、そろりそろりとぎこちない忍び足で部屋に入ってきた。まだ動けない俺と梨佐の前、テーブルに持って来たお盆を置いて、そのままバックする。
「……ごめん」
 再び出口辺りに立った彼は、絞り出すようにそれだけ言って、ドアを閉めようとした。
 それでようやく我に返った俺は、叫びながら閉じようとするドアをこじ開ける。
「待って下さい一樹(いちき)さんっ!」
 開けた扉の陰。
「いや、いいんだ。普通、普通。ふたりは付き合ってるんだし」
「一樹さんーっ!」
 棚町家の長男は、頬を染めてぶつぶつと何やら自分に納得させるようにつぶやいている。いたたまれなくて俺は思わず彼を梨佐の部屋に引き入れた。
 ああ、何でこうなる。

 梨佐には少し年の離れたふたりの兄がいる。
 そのひとり、上のお兄さんがこの一樹さんだ。梨佐よりも六つ年上で今は大学生。梨佐の兄にふさわしい爽やか系の美青年で、俺と並ぶと同じ人類なのが不思議なくらいである。

「ごめんね。返事、待たなくって」
 一樹さんは落ち着くとそう言った。
「いえ、あの、こちらこそすみません」
 俺は平身低頭、謝る。恥ずかしい。穴があったらマジで入りたい。何でこんな時に限って空気にのまれたんだ俺。
 俺も一樹さんもバツが悪くて微妙に視線をそらしながら受け答えをしていると、梨佐が言った。
「きぃちゃんのバカ」
 ただひとり、まったく恥ずかしがっている様子もなく、梨佐は上目づかいで一樹さんをにらみつける。よっぽど悔しかったらしく、クマを抱きしめたままふくれっ面をして、すっかりむくれている。
「だからごめんって。邪魔する気はなかったんだよ?」
「せっかく、せっかく、せっかく礼ちゃんからしてくれそうだったのにぃぃいっ!」
「っ、アホっ! それ以上しゃべるな!」
「むぐむぐ」
 思わずその口をふさぐ。野放しにしておくと、何を言い出すか分かったものじゃない。
「仲がいいね」
 一樹さんは苦笑している。

 見られたのが一樹さんで、まだ良かった。これがリカさんだったら夕食に赤飯が出てくる。おじさんと葉介さん(もうひとりの梨佐の兄貴)だった場合は考えたくない。
 一樹さんは、棚町家の中ではいちばんの常識人だ。梨佐の子どもっぽさもよくよく理解しているから、比較的、俺に対して同情的である。
「でも、りぃが苦しそうだよ?」
 ……あくまでも、比較的。
 鼻はふさいでいないから、普通にしてれば息はできる。悲しいことに梨佐の口をふさぐのには慣れているから、その辺の調節は完璧だ。
 しかし、一樹さんにそう言われては手を離さないわけにいかない。

 棚町家では基本、梨佐は『姫』なのである。(リカさんは『女王』)
 末っ子だし、ひとりだけ女だし、年も離れているから可愛がられるのは分かるのだが、梨佐のワガママは絶対にこの家庭環境にも原因があると思う。

 それからリカさんが「ご飯できたわよー」と呼びにやって来るまで、一樹さんはなぜか梨佐の部屋にいた。
 あんな場面を見られてしまったし、いたたまれなかったが、たぶん一樹さんも心配だったのだろう。俺も人のことは言えないが、過保護な人である。
 梨佐は相変わらずべたべたしてくるし、ものすごく微妙な空気だった。リカさんの声が天の助けに思えるくらいには。
 しかし、階下に降りると、それ以上のプレッシャーが俺を待っていた。

「梨佐ーっ、十六歳、おめでとうー!!」
「みゃっ」
 階段を降りきった途端、俺の隣にいた梨佐に、何かが追突した。
 考えるまでもない。
「ぱ、パパくるしいーっ!」
 顔立ちは梨佐とあまり似ていないが、すっきりとした雰囲気の爽やかなおじさん――梨佐の父である。スーツ姿だから、休日出勤でもしていたのかもしれない。ぎゅうぎゅうと抱きしめられている梨佐は、腕を振り回して苦しさをアピールしているが、おじさんはさっぱり気づいている様子がない。
 俺が戸惑っていると、後ろにいた一樹さんがぼそりと言った。
「父さん、りぃが死ぬ」
「なぬ!?」
 その言葉で、おじさんは我に返ったようにぱっと梨佐を離した。ぐったりとした梨佐は一瞬ふらつく。慌てて支えると、梨佐はそのまま俺に抱きついて来た。

 その瞬間、周囲の温度が確かに下がった。

 ぞぞぞぞぞ、と悪寒が背中を這い上がり、俺は思わず身震いをした。
 見なくても分かる。分かるが、怖いもの見たさだろうか。ぎしぎしとぎこちない動きで、俺は思わず、そちらを向いてしまった。
 ……般若だ。本物の般若がここにいる。
 マジで怖い。本当に怖い。
「パパのバカー……」
 しかも梨佐は俺の腕の中で、そんなことをつぶやきやがった。
 やめてくれ。俺は、おじさんだけには本気で殺されそうで怖い。

 忘れもしない。小二のときの運動会でのことである。
 普段は息子の学校行事になど欠片も興味のない俺の両親が、なぜかそろいもそろって見に来た。それはまぁ、いい。あんなのでも、一応は俺の親だ。
 問題は俺の母親だ。俺にこの正々堂々と名乗れない名前をつけたクソババアは、恥ずかしいことに無類の美少女好きなのである。(だからって父親似のこの顔に、この名前はないだろう)
 案の定、今以上に俺にべったりだった梨佐を発見した母親は、梨佐に「一目ぼれ」した。あのババア、欲しいものは手に入れる主義である。とはいえ、さすがに人さらいをするわけにはいかないから、どうしたのかといえば――あろうことかあの非常識人は、幼い梨佐を俺の嫁にしようと画策したのである。
 思い出すのもおぞましい。かわいそうに、すっかり洗脳された梨佐が「礼ちゃんのおよめさんになる!」と言いだしたときはマジで母親をシめようかと思った。
 おかげでそれ以来、おじさんには目の敵にされている。それまで梨佐は「パパのおよめさんになる」と言っていたらしいから、余計だ。
 おじさんは世の父親の例にもれず、末娘の梨佐を溺愛している。俺は梨佐が絡んだ状態でしか見たことがないからよく分からないが、リカさんが常々「梨佐が絡まなければカッコイイんだけどねぇ」とこぼしているくらい、人格が変わるらしい。
 そういう人だから、俺が梨佐と本当に付き合い出してからは、会うたびにすごい目で見られている。視線で人を殺せるなら、俺はもう何度死んでいるか分からない。

 今日も、テーブルにつくとおじさんの座っている辺りから殺気が漂ってきて、俺は横にデカい身体をできるだけ小さくして縮こまっていた。
 梨佐の希望で、梨佐の隣に俺。俺とは逆隣に一樹さん。梨佐の正面がおじさん。その隣、一樹さんの前がリカさん。葉介さんは、今日は用事があってどうしても帰って来られないらしい。

 テーブルの上には、リカさんお手製の豪華な夕飯が並んでいる。梨佐が好きなものばかりだから、全体的に野菜中心のあっさりめなメニューで、ダイエット中の俺にも優しい品ぞろえだ。
「礼ちゃん、はいっ」
 とりあえず棚町一家が取り終わるまではと遠慮していると、梨佐から鶏肉のトマト煮をとりわけた皿を渡された。
「……」
 思わずその皿に見入る。
 取ろうと思っていたから、ありがたい。ありがたいが、少し怖い。何でこいつは俺の食事パターンまで把握しているんだ。量も、多くもなく少なくもなく、ちょうどいい。
 高校に入ってから梨佐が昼飯を作っているせいか、最近、本当に梨佐に俺の胃袋を掌握されている気がする。

 俺が鶏肉のトマト煮とにらめっこをしていると、斜め前方からの殺気がさらに尖って、ざくざくと俺の身を串刺しにしようとした。
 自分でも顔の筋肉がひきつるのが分かる。……マジで怖ぇ。
 顔を上げることができずに、うつむきがちに箸を口元に運ぶ。できるだけ目立たないように、静かにしているのに、空気を読まない梨佐はにこにこと楽しそうに俺にばかり話しかけてくる。
 ……ああ、なんてイイ笑顔。こいつだけは平和そうだ。頼むからそのたびにギラギラした目で俺を見ているおじさんに気づいてくれ。
 しかし、梨佐はもちろんそんなことに気づかない。無視すれば無視したでおじさんはまた般若になるから、できるだけ穏やかに無難に受け答えをしなくてはならない。
 リカさんはそれを面白そうに見てるし、一樹さんは憐れみの目を向けてくるけどそれだけだ。たのむ同情するなら助けてくれ。
 せっかく料理上手のリカさんの飯も味がしない。これが初めてではないが、毎度どうしてもこの状態に陥る。打開策なんて思い浮かぶならもうとっくに試してるからもちろんそんなものはどこにもなくて忍耐あるのみ。
 ……窒息しそうだ。

 どうにか最後のケーキにたどり着くまで、ものすごく長かった。十七年ゼミが飛び立つかと思うほど長かった。記憶がところどころ真っ白に途切れている。

 生クリームの上に赤いいちごがごろごろとしているケーキを見て、俺はようやく我に返った。リカさんが十六本のロウソクをその上に並べている。
 梨佐はそれをわくわくとした様子で見ていた。さっきまで俺を射殺す勢いでにらみ続けていたおじさんが、でれでれの顔でそれを見ている。
 すべてのロウソクが並ぶと、一樹さんが部屋の電気を消し、おじさんが火をつけた。ハッピーバースデートューユーの大合唱がはじまる。この曲を大声で歌えるこの一家は、やっぱり梨佐の家族だと毎年思う。
 俺が小声で合わせている間、隣の梨佐はきつく目をつぶって、何やら真剣に願い事をしていた。
「ハーッピバースデートューユー」
 最後の一節が終わる。その途端、梨佐はぱっと目を開くと、子どもみたいに勢いよくケーキの上で揺れる炎に息を吹きかけた。
 見事、すべての火が一度で消える。

「おめでとうー!」
 電気をつけたおじさんを皮切りに、リカさんと一樹さんも「おめでとう」と口にする。梨佐は「ありがとー!」と元気に答えて、にっこりと笑った。いい顔だ。
 リカさんがさっそくケーキを切り分けてくれる。六等分、とはいえ大きさには多少のばらつきがある。今日の主役である梨佐はいちばんでかいのを受け取ると、「はいっ」とそれを俺に渡してきた。
「おまえが食えよ」
「だって礼ちゃんここのケーキ好きでしょ?」
「おまえだって好きだろ」
 俺がその皿を梨佐の前に押し返すと、梨佐はへにゃーっと笑って言った。
「好きだけど礼ちゃんの方がもっと好きだもん」
「……」
 それまで比較的穏やかだったおじさんの目が、本日最高潮MAXに尖る。気持ちは嬉しいが頼むから気持ちだけにしておいてくれ。
「ほら、りぃ。礼ちゃんはダイエット中なんだろう?」
 見るに見かねた一樹さんが助け舟を出してくれた。
 ああ、一樹さんに後光がさして見える。黙ってにやにやしているリカさんに比べて、なんていい人なんだ。俺は猛烈にがくがくと首を上下させて一樹さんに同意する。
「むぅー、今日くらいだいじょーぶだよぅ。礼ちゃんいっつも気をつけてるもん」
 せっかく一樹さんからのナイスアシストを受けたというのに、梨佐はまだぶつぶつと文句を言う。
 その時、俺の前で珍しくおじさんが口を開いた。
「鈴江君は痩せないとダメだから、やめておきなさい」
 言葉自体はごく普通。しかし、ものすごくトゲだらけの、いばらの声だった。顔は笑っているのに目だけはまったく笑っていなくて、まぶたの辺りがぴくぴくとしている。
 無理もない。おじさんは世界でいちばん俺のことが嫌いなのだ。おじさん的には、むしろかなり歩み寄ってくれていると思う。
 しかし。

 どごんっと、鈍い音が響いて、あたりはしんと静まり返った。
 梨佐がきつく握りしめた拳をテーブルに叩きつけたのだ。そのせいで、皿の上にちょこんと立っていたケーキがひっくりかえり、赤いいちごが飛び出した。俺は反射的に手でついたてを作って、あやうくテーブルからダイブするところだったいちごをキャッチする。おかげで右手がベトベトだ。「何するんだよっ!」と、言おうとしたけど、俺の声は梨佐の声に打ち消された。
「パパはいっつもいっつもいっっっっつも、何でそんなことばっかゆーのっ!」
 ぎろりと、そのでかい目でおじさんをにらみつける。怒っているのに頬をふくらませていない。いつも俺と怒鳴り合っている時とはまるで違って、全身から殺気がほとばしっている。
 ……これは、本格的に怒っている。めちゃくちゃ怒っている。
 めったにないが、こうなると梨佐はかなり怖い。美人だから迫力があるし、おじさんも少しビビったような顔で言葉につまった。
「いや、俺がやせねぇとならないのは本当だから。そんな怒るなって……」
 俺もややおよび腰でそう言うのが精一杯だ。おじさんをにらみつけた、そのままの目で俺までにらまれる。メデューサを見てしまった人間は、きっとこんな風になるに違いない。
「っ、おいっ!」
 ところが、俺が石になる前に、なぜか梨佐の方がぼろぼろと泣きだしてしまった。眉間にしわをよせて、俺をにらみつけたまま、大粒の涙がその頬を伝う。
 思わず立ち上がり汚れていない方の手でぬぐうと、梨佐はそれで自分が泣いていることに気づいたらしい。
「う、うぇ」
 急に表情を崩した。

「うあぁあああぁああああん、ひっく、ふわあぁあああああんっ!」
「ああああああ……」
 本格的に泣きだす。棚町家の面々は慣れたもので、俺と同様、反射的に耳をふさいだ。
 梨佐はさっきまでの威厳などどこへやら、立ち上がった俺の胴体に貼りついて、いつものように大泣きに泣いている。俺の、ダイエットはしていてもまだまだ立派な腹にぐりぐりと遠慮なくその頭を押し付けてきて、結構痛い。
 いちど泣きだしてしまったらもうどうしようもないのはよく分かっているので、俺はべたべたになった手を布巾でふいて、仕方なくその頭を撫でた。泣きやむまでこうしているしかない。
 その辺り、リカさんや一樹さんもよくよく分かっているので、耳をふさいだまま遠い目をして、俺にすべてを任せきっている。それでいいのか。
 おじさんだけがおろおろとしている。おじさんは、たぶん本当は自分が慰めたいんだろうけど、前にもっと泣かれたことがあるから手は出せないようだ。
「わああああん、パパのばかーっ!! 礼ちゃんのワル口ゆうパパなんて、大っキライ!!」
 俺が悟りの境地で慰めていると、投げつけるように梨佐が怒鳴った。その言葉に、おじさんはひどくバツの悪そうな顔をしてうつむいてしまう。
 それでやっと、何となく分かった。
 梨佐は、もともと「お父さん子」なのだ。おじさんのことは基本的に「大好き」なのである。そのおじさんが俺の事を悪く言うのは、梨佐には耐えがたいらしい。
 おじさんが俺のことを嫌うのは仕方ないと思うけど、梨佐が板挟みでこんな風に泣くのはやりきれない。
「そう言うなって。せっかくの誕生日なんだから、泣くなよ。な?」
 だからできるだけ優しい声音で、梨佐をなだめた。しかし、なかなか泣きやまない。
「ああぁああぁああああああん!!!」
「……」
 ……困った。

 結局、梨佐が泣きやむまでに三十分以上もかかってしまった。梨佐はよく泣くが、こんなに長引くのは珍しい。
 ようやく大人しくなった頃にはもう大分遅くなってしまって、俺が棚町家を辞する時間になっていた。

「礼ちゃん、ごめんね」
 玄関まで見送りに出てきた梨佐は、すっかり疲れた様子で(あれだけ大声で三十分も泣きわめけば、そりゃあ疲れるだろう)うなだれ言った。意気消沈という言葉を地でいっている。
 俺は息をついて答えた。
「別にいい。それよりも、もう泣くなよ」
 遠くリビングでリカさんがおじさんを叱りつける声が聞こえる。これ以上、梨佐が泣いたらおじさんはきっと色々な意味で立ち直れないだろう。
 梨佐はこくんとうなずいたものの、しゅんとしている。せっかく楽しそうにしていたのに、すっかり台なしだ。
 なんとなく、このまま立ち去ってしまうのも後味が悪くて、俺は梨佐を見上げた。ほとんど平らなサンダルを履いているにも関わらず、梨佐はやっぱり俺よりも背が高い。
 俺は少しためらって、その細い手をとった。梨佐の手はだいたいいつも、ひんやり冷たい。
 梨佐は不思議そうに俺を見つめる。

 テンションの高い梨佐に付き合うのはものすごく疲れる。空気を読まず俺にばっかり話しかけてくる梨佐の相手をしておじさんににらまれ続けるのもできれば勘弁してほしい。
 だけど、やっぱりこんな風に落ち込んでいるのを見るよりは、さっきの楽しそうな梨佐の方がずっといい。
 ならばどうすれば梨佐が笑うか。
 俺は、知っている。

 梨佐の手を強めに引く。案の定、ぼんやりしていた梨佐は俺にぶつかるように倒れ込みそうになる。
 俺はそのまま、少しだけ背伸びをした。
 目を丸くした梨佐を至近距離で見る。
 ――ほんの一瞬、唇が触れた。
 目を閉じるのも気恥かしくて、俺は梨佐の長いまつげを見ていた。

 身体を離すと、梨佐はまだぽかんと俺を見ていた。
 俺の方は心臓が喉から飛び出そうなほどにばくばくしている。
 恥ずかしい。後で思い出したら絶対に悶え転げまわる。だけど。
「……元気出せ」
 梨佐に、元気になってほしいから。
 俺がこんなことするなんて普通は嫌がらせだろと思うし、相変わらず何でなんだかさっぱり理解できないが、それでも梨佐はやたら俺とべたべたするのが好きだから。これで少しだけでも気持ちが上向きになるといい。

 ああ、サムい。サムすぎる。どこのバカップル思考だよと俺は思った端から心の中で自分にツッコみまくった。まったくこんなのガラじゃない。
 俺の心臓に毛は生えていないから、すぐにいたたまれなくなって、俺は梨佐の反応を見る前にドアノブに手をかけた。
 冷たい木枯らしが吹きこむけど、今の俺にはそのくらいでちょうどいい。

「礼ちゃん!」
 急ぎ足で門を出ると、玄関先に出てきた梨佐が俺を呼んだ。振り向くと、さっきまでしゅんとしていた梨佐が破顔する。
「大すきーっ!!」
 よりにもよって、梨佐は両手を口元に当てると近所中に響き渡るような大声で叫んだ。元気になってほしいとは思ったが……元気になりすぎだ。
「アホっ! とっとと中に入れっ!」
 だから俺はそう怒鳴り返した。それなのに、梨佐は嬉しそうに笑ってぶんぶんと大きく手を振る。
 ……これを可愛いとか思うから俺はダメなんだ、ちくしょう。
 これ以上ここにいたら被害が拡大しそうで、俺は逃げるようにその場を後にした。途中、角を曲がる所で思わず振り向くと、梨佐はまだそのまま手を振っていた。
 恥ずかしさに涙がにじむが、まぁ、悔いはない。

 頭に血がのぼって帰りみちを闇雲に歩いていると、ふと後ろから足音がした。
「ちょっと待った、礼ちゃんっ」
 声もする。「礼ちゃん」と呼ばれたが、その声はもちろん梨佐ではない。
「歩くの早いなぁ……」
「一樹さん」
 振り向くと、さっきまで一緒だった一樹さんが俺を小走りに追いかけてくるところだった。辺りを見回すとまだ閑静な住宅街の一画で、梨佐の家からそれほど離れていない。
「どうしたんですか」
 忘れ物でもしたのかと、俺は思わずポケットに手をつっこんだ。しかしサイフもハンカチもそこにある。
「ん、ちょっとコンビニまで」
 案に相違して、一樹さんはそう言うと俺に並んだ。梨佐も背が高いが、一樹さんはもっと高い。横に並ぶと俺はかなり見上げることになる。
「そこまで一緒に行こう」
 一樹さんはおっとりと微笑み、俺の肩を叩いた。
 最寄りのコンビニは俺の帰り道にある。別に反対する理由もないから、俺はうなずいて一樹さんと歩きはじめた。

 電灯はぽつぽつと夜道を照らしている。
 静かな住宅街に俺たち以外の人はいない。
 見上げると、空にぺたりと張り付いた月はだいぶ欠けて、だけどまだ半分以上は残っていた。空気は頬を切りつけるように冷たいのに、まだ星は冬みたいにはっきりとは見えない。

「今日はごめんね」
「え……」
 並んでいても共通の話題があるでもなし。無言で歩いていると、一樹さんが不意にそう言った。俺は思わず言葉につまる。
 一樹さんはちらりと俺を見ると言葉を継いだ。
「父さんは相変わらずあんなだし、りぃは泣きだすし。礼ちゃん疲れただろう」
「はぁ、まぁ……」
 ここで嘘でもいいから「そんなことありません」と即答できる社交性があれば、俺ももう少し普通に高校生活を過ごせるのだろう。しかし、これも性分だ。仕方がない。
 俺が馬鹿正直にそう答えると、一樹さんは小さく笑った。
 前を向く。その横顔は、さすがに梨佐の兄貴。男なのに綺麗だ。

「あのさ」
「はい」
「父さんのこと、嫌わないでくれるかな?」
「……」
 少し改まった調子で言った、一樹さんの言葉に、俺は黙り込んだ。一樹さんの意図が分からなかったし、何を言っていいのかも判断できなかった。
 一樹さんは至極まじめな横顔のまま続ける。
「父さんはさ、りぃのことが大切すぎるんだ。僕もりぃのことは可愛いから、ちょっと分かるんだけど……度が過ぎてるだけで、悪気はないんだと思う」
 悪意、むちゃくちゃ感じますが。
 でも、言いたいことは分かる。結局、おじさんはただ単に、梨佐のことがものすごく大切なだけなのだ。もしも俺が梨佐と親しくなかったら、おじさんは別に普通にいい人なのだろう。
「りぃは、父さんのこと好きだから。本当は父さんが礼ちゃんのこと認めてくれるのがいちばんなんだけど、すぐには難しそうだし。これで礼ちゃんが父さんのことを嫌いになったら、りぃがかわいそうで……」
 一樹さんも、さっき梨佐が泣きだした理由について、俺と同じようなことを想像したのだろう。そう言うと、深いため息をついて疲れたような顔をした。常識人な長男は苦労性らしい。

 吐き出したため息が白く濁る。
 ほの暗い夜の住宅街は静かだ。
 俺は、できるだけ穏やかに答えた。
「俺はおじさんのこと、別に嫌いじゃないですよ」
 俺の言葉に、一樹さんは自分から言い出したにも関わらず驚いたような顔をした。俺は苦笑して付け加える。
「その、苦手ではありますけど」
 あれだけ殺気を振りまかれて凄まれて苦手にならないのはさすがに無理。俺はそこまで人間できていない。正直、できるだけ遭遇しないで済むならそれで済ませたい。だけど。
「おじさんが梨佐のことすごく大切に思ってるのは知ってますし。それに、俺も少しおじさんの気持ちが分かるんです」
「?」
 一樹さんは不思議そうな顔をして俺を見る。梨佐なら平気なのに、一樹さんみたいに整った人にまじまじ顔を見られるのはやっぱり少し恥ずかしい。
 俺は前を向いた。
「俺、一年前までは梨佐と付き合うなんて、少しも考えたことがなかったんです。いつか梨佐は、俺以外のヤツと付き合うんだろうなって思ってました」
「……」
 本当に、俺は自分が今、こんなことになっているなんて、ほんの一年前までは全く考えてみたことすらなかった。
 幼なじみだし梨佐は俺に懐いていたけど、それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。
 当然だろう。誰がこんな俺のことをあの梨佐が好きになると思うだろうか。
 一樹さんは黙っている。顔を向けるのは気が引けて、俺はそのまま続けた。
「だから梨佐がどんなヤツを選んでも、きっと俺はそいつのこと嫌いになるんだろうなって。――それこそ、おじさんみたいに。だから、おじさんがああいう態度になるのは分かります。俺はおせじにも梨佐と釣り合うなんて思えないし。むしろ、リカさんや一樹さんが何で反対しないのか分からないくらいです」
 ちらりと横目で見ると、一樹さんは何を考えているのかよくわからない、綺麗な顔で俺を見ていた。
 本当に、この人は何を考えているんだろう。リカさんや、そもそも梨佐もだけど。何で俺に対して嫌悪感を抱かないのか、不思議でならない。
 俺は自分の弱さ、そのものみたいな、ぶよぶよとだらしなく太ったこの見た目が――大ッ嫌いだ。
 その点では、俺はおじさんの方に共感できる。少し度は越えているかもしれないけど、おじさんの反応の方が普通だと思う。

 重い沈黙が暗闇も深くしているような気がした。
 一樹さんは黙って前を向き、何か考えている。
 俺は、自分の情けなさを少しばかり話しすぎてしまったような気がして、恥ずかしくなった。こんなこと言われたって、一樹さんだって困るだろう。
 だから、というわけでもないが、もう一つ。言っておこうと思ったことを口にする。
「それに」
 一樹さんが俺を見る。俺も一樹さんを見上げる。
 俺はどんな顔をすればいいのかよく分からなくて、真面目な顔で言った。
「おじさんって梨佐と似たような行動とるから、どうも憎めなくて」
「……」
 いきなり突進してきたり。力加減を忘れたり。感情が思いっきり顔に出るところとか。自分の気持ちに忠実すぎて周りの迷惑をかえりみないあたりなんて特に。
 言い訳みたいだけど、これも俺の本心だ。
 俺の言葉がツボにハマったのか、それまで真剣な顔をしていた一樹さんは吹き出した。げらげらと腹を抱えて笑いだし、ひいひい言いながら手近にあった電信柱を叩く。……顔に似合わず豪快な笑い方をする人だ。
 ひとしきり笑うと、一樹さんは俺の隣に戻り、まだ苦しそうにしながらも目がしらを手でぬぐって言った。
「確かに。りぃの中身は絶対に父さん似だよね」
「はい」
 それだけは間違いない。だから俺がむっつりとうなずくと、一樹さんはまた笑った。

 コンビニまではあと少し、角を曲がればもうすぐそこだった。暗い夜道の向こうがほのかに明るい。
「そっか。礼ちゃんは父さんのこと、嫌いじゃないのか」
 一樹さんはひとりごとのようにそう言って、穏やかに微笑んだ。
「良かった」
 にこにこと嬉しそうなそういう顔は、梨佐とよく似ている。
 一樹さんは梨佐とよく似たその顔で俺を見ると、ふと思いついたように言った。
「礼ちゃんは分からないって言うけど、僕は、りぃには礼ちゃんしかいないと思うよ」
 おせじとか、そんな様子でもない。一樹さんは気負いなくさらっとそんなことを言う。
 俺が黙って見上げると、一樹さんは含み笑いをした。
「だって、礼ちゃんて何だかんだ言っても、りぃのこと好きでしょう? そりゃ、綺麗だからね。りぃを好きになる男はいくらでもいるだろうけど、あの中身もひっくるめて全部、これだけりぃのことを好きで大切にできるのは、きっと礼ちゃんくらいだと思う」
「……」
 それは、まぁ。
 一緒にいると腹が立つことばっかりだし、むちゃくちゃ疲れるし、毎日必ずなんであんなのが好きなんだと自分の感性を疑ってしまうが、それでもどうしようもなく好きだと思うくらいには、俺は梨佐が好きだ。だから大切にしたいとは思っているけど、それができてるかどうかはかなり怪しい。
 それでも、その辺の梨佐の見た目しか見てないような男よりはマシってことだろうか。
 一樹さんも顔がいいから色々と苦労しているらしいし、一樹さんなりに考えていることがあるのかもしれない。
「これからもりぃと仲良くしてやってね」
「……はい」
 俺が答えると、一樹さんは兄貴らしい顔でぽんぽんと俺の肩をたたいた。
 コンビニは目の前で、煌々とした明かりをまき散らしている。
「それじゃあ」と言ってはじめの宣言通りコンビニへと向かおうとした一樹さんに、俺は軽く頭を下げた。

「あ、そうそう。礼ちゃん」
「はい?」
 そのまま立ち去ろうとした俺に、一樹さんはふと振り向いて声をかけた。
 一樹さんが開けた扉から、ふぁんふぁんと間抜けな音がする。がらんとした店内からは、「いらっしゃいませー」という気の抜けた店員の声。
 俺が振り向くと、一樹さんは心もち首を傾げて(その動作が梨佐そっくりだった)けろっとした顔で言った。
「仲が良いのはいいんだけど、家ではちゅーはやめといたほうがいいと思うよ」
 一樹さんの言葉に、脳が一時停止する。
 なんですと?
 それはつまりあれですかそうですか見られてたんですかマジですか。
 全身の毛穴が開いて、嫌な汗がぶわっと出てくる。
 しかし一樹さんは、何でもなかったかのように微笑んで小さく手を振った。
「それじゃあ、おやすみ」
 その姿がコンビニへと消える。
「……」
 何も言葉にはならなかった。俺はしばらくそのまま、そこに立ちつくして。

「ぎゃあぁああぁぁっ!」

 我に返ると、叫びながら夜の街を疾走していた。もう夜風の冷たさなんて、感じている余裕もない。
 さんざんな一日の終わりに向かって、俺はただ走り続けた。

(C) まの 2009